7040問題より、アラフォークライシス、の方が有名な言葉になっていますが、昔は「中年の危機」と呼ばれたものです。
アラフォークライシスは日本の造語ですが、中年の危機はミッドライフクライシスやミドルエイジクライシスの訳語であり全盛快適な共通認識です。そして、日本では、この全く本質的に違う二つの概念を少し前までいっしょくたに語り、日本固有の問題でないように逃げていたのです。これはゆゆしきことです。そのため専門家も対応手段も後手後手に回り、結局私たちのような市井の人間が周りの人をサポートするのにとどまっています。

ミドルエイジクライシスは、35,40,45と5年ごとに体力ががくんと落ち、若いころにできていたことができなくなってしまう(たとえば徹夜とか)、思うように8わりが身体が動かない、頭が働かない、記憶力が衰えてきた、その一方で社会人としての期待は高まっている、どうしてよいかわからない、というもどかしさが原因となって、うつ病を発症したり、突飛な行動に出てしまうようなことをいいます。また、若いころと嗜好も変わり、離婚が増えたり、親との死別があったり、友人が死にはじめたり、という問題もあります。

ひと昔前は、子供が巣立って家族構成が変わることも要因の一つでしたが、現在のアラサーは結婚していないのが普通なので、むしろ、子供が生まれたことにより生活の制約が大きくなった、ストレスが増えた、そしてそのことを言えない空気がある、というのも日本の問題です。高齢結婚により、大学の学費が負担できないで奨学金という名の闇金融に手を出すことになったり、中学生、高校生で人生を悟りきってしまって登校拒否になり、家庭が崩壊の危機にあるという話もよく耳にします。

7040問題はそれよりはるかに深刻な問題です。いわゆる働き盛り、というのは40代を指すのですが、これだけ人手不足、人材不足と言われている日本で、肝心の40代が社会の中軸として働けていない状況でいいのか? と考えると、将来は絶望的です。政府は給料が安くても働く若者を移民政策でカバーしようとしていますが愚の骨頂です。22歳から35歳まででお笑い箱、みたいなわけにはいかないのです。レプリカントではあるまいし、数年の命を与えられてそれで満足するようなことは機械ですらあり得ないことを私たちはもう知っています。

新卒一括採用、社内の出世競争、能力がなくても管理職になれる制度(むしろ能力がないほうがなれる制度)、高額tな退職金、会社や部門の単位で強固なムラ社会を形成してしまう。大企業優遇政策、そういう日本の20世紀モデルは限界をとうに超えて、無理やり支えている状況です。なぜかといえば日本人は大きな社会変動に精神的にきわめて弱いからです。そして日本の中枢に真にリーダーシップを取れることがいないことも災いしています。

私は33歳の頃から9回のリストラを経験しています。同期の9割が会社を去り、そのほとんどが再就職できないか、年収300万円以下で働いています。多くは実家に戻り、自分自身ではほとんど生産することなく暮らしています。そう、7040問題は今に始まったことではなく、リーマンショックよりもはるかはるか前、20年以上前から始まっている話なのです。

それでもいわゆる「バブル勝ち逃げ組」と言われる現在の50代後半で運よく出世できていた人たちは5000万円という途方もない金額の退職金を手にして、早期リタイヤすることができたわけですが、己に正直であった人たちは雀の涙の退職金で会社を後にしました。

最近、さまざまな会社で品質偽装問題や、モラルハザードが起きていますが、これは今の事件ではなく、数十年前からの話のわけです。そして、そのインチキに目をつぶってきた人たちが出世して大きな金をもらい、良心の呵責によって社内で戦った人たちは後ろから鉄砲で撃たれたのです。

「うまく立ちまわった方が勝ちだよ」「客なんてどうでもいい、社内政治をうまくやったほうが得だよ」と忠告されたことは何度もあります。そう言っていた人たちも結局はいなくなってしまいました。ただ高額な退職金を手にすることはできました。

簡単に言えば、日本社会全体が腐敗しているのです。そしてその腐敗の犠牲者が、心ある労働者ということです。アラフォークライシスは若者全体の危機であり、若者が高齢者の年金を支えている仕組みを考えるならば、アナタの問題であることは間違いありません。

問題提起だけして逃げるような卑怯なことをしてはいけません。その一方、バットマンもスーパーマンもいない日本では、個人の地道な努力の積み重ねで世の中を変革していくしか方法がありません。

私たちの世代は、もう